次の3つの特徴をもつ,生まれつきの発達障害です.脳の器質的な異常によるもので,育て方の問題ではありません.
<< 広汎性発達障害の特徴 >> (1) 対人関係の異常 視線が合わない,友達関係が作れない,他人と興味を共有でき ない,感情が伝わらない (2) ことばやコミュニケーションの異常 ことばが遅れていたり,一問一答になってしまったりして会話 にならない,オウム返しと言われるような特有の応答をする, 遊びのルールや役割を理解できない (3) 特徴的なこだわり 興味を持っているものが限られている,周りからみて意味のな い習慣にこだわる,くるくると体を軸にして周るなどの常同行 動がある,物体の細部にこだわる
(1),(2),(3)いずれも典型的に当てはまるものを自閉性障害(自閉症),(1),(3)のみのものをアスペルガー障害と呼びます.ほかに,他に分類されない広汎性発達障害(PDD-NOS)などが含まれます.
広汎性発達障害(PDD)のなかで知的障害をともなわないものを言います.高機能とは知的障害をともなわないという意味です(図1).
アスペルガー障害のほとんどと,自閉性障害やPDD-NOSの一部が含まれ,自閉症の軽症例と言えます(図2).こどもの200人に1人くらいいると言われています.障害として認知されないと,わがままや性格の問題として扱われ,ひいては不適切な対応がなされ,不登校やさまざまな不適応行動に発展するケースが多くみられます.
PDDのこどもは高機能であっても,その場にあった行動ができなかったり,相手の気持ちを推し量れなかったり,興味や関心が偏っていたりすることで,特に社会行動やコミュニケーションの困難を来たします(4〜6節参照).学習場面でも問題の意味や求められていることをイメージすることができないために,後述のような困難を生じることがあります(7節参照).また,こどもによっては,特定の音や味に対して異常に敏感なために,音楽室や給食の場面などで著しいストレスを生じて,そのことが激しい不適応行動につながることがあります(8節参照).これらの困難を,わがままとかこどもの性格とか親のしつけのせいにせず,障害に基づいて理解した上で,対応することが大切です.こども自身が自分の障害を理解することも重要です(9節参照).
その場で何を求められているか理解できないために不適切な行動をとることがあります.たとえば,厳かな雰囲気の儀式の最中に不謹慎な冗談を飛ばすなどの,一見してふざけたような行動をとることがありますが,その場の意味を理解できないのが原因であることが多いので,ていねいに<どう行動すべきか>をその都度繰り返し教えていく必要があります.その際に,<そうやる代わりにこうしなさい>と具体的に教えることが大切です.ただ禁止するだけでは,代わりにもっと不適切な行動を起こすことがあります.
また,集団行動を教える場合には,そのこどもにとって難しすぎる場面を設定しないように注意しましょう.たとえば,運動会が嫌いなPDDのこどもを考えてみましょう.嫌いな理由は,うるさい,手に土がつくのは汚くて嫌だ,不器用でダンスを踊ることができないといったような,PDDによる知覚の過敏性や不器用さ(PDDのこどもには極端な不器用さもしばしばみられる)に起因することが多いのです.このような場合に無理をさせると,とても嫌な状況でのがまんが不適応行動を誘発し,それで周りから叱られる,叱られるのでイライラしてまた不適応行動を起こすという悪循環に陥ります.集団行動を教えるには,まず,無理のない小集団で,どんな時にどんなふうに行動すべきかをていねいに教えましょう.
日常生活では片付けが苦手であるとか,歯磨きなど毎日しなくてはならないことを忘れるといった特徴がよくみられます.片付けの手順を頭の中で組み立てるとか,スケジュールを頭の中に置いておくことができないといった障害が原因となります.普通なら無意識にできることが,できないのです.一緒に片付けながら,具体的な手順を考えてあげたり,スケジュールを忘れないための工夫を考えてあげたりすることが必要です.ただ,ちゃんとやりなさいなどと叱ることは問題を悪化させることがあります.
PDDのこどもは,自分の気持ちを表現したり,相手の言ったことから気持ちを推し量ったりするのが苦手です.また,コミュニケーションはことばだけで通じるものではなく,相手の表情を読み取ったり,表情で表現したりする部分も多いのですが,これらの表現や読み取りも苦手です.そのことでスムースにコミュニケーションがとれず,会話することに臆病になったり,勘違いして他人が言ったことを被害的に受け取って落ち込んだりすることがよくみられます.PDDのこどもにとって,相手の気持ちになって考えるということは,普通,(想像力の発達の遅れによって)小学校高学年になるまでは無理であると言われています.この年齢になるまでは,<相手の気持ちになって考えてごらん!>というようなお説教は有害無益なのです.
ことばやコミュニケーションの能力を育てるためには,教師や親が,こどもの練習になるような遊びや会話の場を設定してあげることが必要になります.友達を家に誘いたいときなど,一人で自発的にできなくとも,どう言って誘ったらよいか,誘うときには時間や場所の約束が必要であることなどを具体的に教えるとできることもあります.こどもによっては,遊びの場を設定してあげるために,親が中にはいって相手を誘ってあげることも必要です.
具体的な対人関係の経験を積み重ねることによって,ことばやコミュニケーションの能力が育ち,自信を回復させることができます.
PDDのこどもは,さまざまなこだわりを持つことが多いのです.特定のゲームにこだわるといった,興味や関心の範囲の偏りや,物事をする順番や物を置く場所など習慣へのこだわりがみられます.
こだわりはPDDの主要な困難の一つです.こだわりをゼロにすることは不可能ですので,現実的に達成可能なところに目標を置く必要があります.どんなに強いこだわりでも,徐々に変化することが多いこと,不安やストレスでこだわりは悪化することを念頭に置いてください.こだわりを直接減らすことよりも,他の有意義な行動を増やすことを第一に考えてください.その結果としてこだわりが軽減するのが理想です.こだわっているビデオ鑑賞をやめなさいというより,一定の時間に決まったスケジュールをこなすように習慣付けましょう.決まったスケジュールをいくつかこなせれば,必然的に一日中ビデオという生活は改善されるはずです.また,日常生活上のストレスや不安が多いと,気持ちを安定させるためのこだわり行動が増える傾向があります.ストレスを減らす工夫をしてあげてください.急なスケジュールの変更は,PDDのこどもを不安に陥れます.こんなときに,こだわりが増強することがあります.もし,普段と違う出来事が起きるときは,できるだけ予告してていねいに説明しましょう.
PDDに学習障害が合併することはよくみられます.しかし,明らかな学習障害が合併していなくとも,想像力の障害のために,学習に特有の困難を生ずることがあります.たとえば,算数の文章題で,問題の中の場面が思い描けないために,式が立てられないことがあります.問題の場面を絵に描いたり,ロールプレイを活用したりして,問題の意味を理解させましょう.また,どうしても割り算の意味を理解できないような場合,とりあえず,計算の手順を機械的に教えておいて,意味理解を後回しにして上手くいくこともあります. cmとmm,mlとlなどの単位を変換する場合でも困難が生ずることがあります.この場合も絵に描いて意味を理解させると上手くいくことがあります.最大公約数や最小公倍数を教えるときにも,絵を描いて目で見えるイメージで説明したり,意味理解は不完全でも,手順の習得を優先させたりする工夫が必要となるでしょう.
作文もPDDのこどもが苦労する課題の一つです.例文を与えたり,起承転結のようなモデルを示したりして,文章作成の手順を分かりやすく示してあげて,無理なく取り組めるようにしましょう.原稿用紙と30分もただ睨めっこさせておいては,苦手意識が増強して,ますます状況が悪化します.
一般的に,自由な創造力が要求される課題(たとえば,世界のごみについて壁新聞を作りましょうといったもの)は,小学生のうちは困難でしょう.このような課題では,構成を一緒に考えてあげるとか,資料の集め方の指導とか,集めた資料の中から使える話題を選ぶ方法を指導するといった援助を必要とします.なかなか課題に向かわないのは,なまけではなく,頭の中で創造的に手順を組み立てられないためであることが多いのです.ゆったりとした気持ちで,問題を分析しての具体的な手順を指導してあげることで,問題解決能力の発達を促しましょう.
特定の音や味に敏感だったり,逆に音声の認識が上手くいかず,悪気がないのに人の言うことを無視したりすることがあります.
苦手な音に慣れさせることは,かなりの危険を伴います.リコーダーの音が苦手なこどもに無理に聞かせ続けると,ますます嫌になって,パニックを引き起こしたり,音楽室には絶対に入れなくなったりします.過敏性が強いときには,当面それを避けさせることも必要です.また,過敏性も,また,ストレスで増強する傾向があります.逆に音声指示を無視する傾向が強いときには,静かに個別に話しかけるとか,目で見てわかるように指示するなどの工夫が必要となります.決して,言うことを聞かないといって,大声で繰り返さないでください.大声を出す人間は,騒音を発する危険な動物と認識されて,人間嫌いなこどもをつくるもとになります.
音に次いで問題を引き起こしがちなのが味覚です.偏食指導が不登校を引き起こした事例はしばしばみられます.食事の時間くらいは楽しく過ごさせたいものです.
PDDは,成長とともにその特徴が目立たなくなることはあっても,治癒するということはありません.だから,いずれは自分には障害があるんだということを自分自身で受け入れなければならなくなります.こどもが思春期を迎えるまで,障害を隠して育てると,その後,自分が障害を持つことを受け入れることはとても困難になります.障害に向きあわせることは,何歳になっても,こどもを落ち込ませます.しかし,いずれ必要となるのであれば,低年齢の方が事態を受け入れやすいようです.
周りからの援助は,こども本人が自分の障害を理解していることが前提になります.自分は何でもできると思っていたら,援助を受け入れることができません.
こども本人にとっても,問題行動の原因を,がまんがないとか,性格が云々と言われるよりも,PDDだからというように言われた方が楽であることが多いようです.よい意味での開き直りは,こども自身を強くするようです.
こどもが障害を受け入れるためには,親がこどもの障害を受け入れていることが大前提です.<あなたに障害があるとしても,お父さんやお母さんはあなたが大好き>であることを繰り返し伝えて,<あなたはこんなにいいところを持っている>とほめてあげることが大切です.
診断基準について DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル,アメリカ精神 医学会(高橋三郎他訳),医学書院 2002. 障害と対処法の理解のために ガイドブック・アスペルガー症候群,トニー・アトウッド(冨 田真紀他訳),東京書籍 1999. 高機能広汎性発達障害,杉山登志郎他,ブレーン出版 1999. 高機能自閉症の本人による著作 自閉症だったわたしへ,ドナ・ウィリアムズ(河野万里子訳), 新潮社 1993. 我,自閉症に生まれて,テンプル・グランディン(カニングハ ム久子訳),学研 1994.
日本自閉症協会東京都支部 http://www.autism.jp/ 新潟市自閉症親の会 http://www.hopstepclub.jp/ アスペ・エルデの会 http://www.as-japan.jp/j/ 高機能自閉症である作家・森口奈緒美さんのホームページ http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Cassiopeia/8331/ 著者のホームページ http://www.mirai.com/
著 者:藤田 基(新潟県立精神医療センター) 発行者:新潟市自閉症親の会(2003年1月発行) E‐mail i@hopstepclub.jp