第15回 みかんさん


「渡る世間は鬼ばかり?」

私は、親の会の自称 看板女優 みかん
ドラマよりすごい、本当の話を少しだけお話ししましょう。


それは、運命的な出会いだった。

我家の長男トム・クルーズ(仮名・現在中学2年生)が5年生の時、転任でやって来て、
そして、担任になったその人は・・・ケビン・コスナー先生(仮名)。
1・2・3年生の担任には、いじめられ、
4年生の担任には、ほったらかしにされた我が息子トムにとって、
救世主のように思われた。

当時PTAの総務の役員をやっていた私は、教務室に出入りする事が多く、
顔を合わせる度に「よろしくお願いします。」
と、土下座はしないまでも、いつも深々と頭を下げていた。
その先生が、10月に突然家庭訪問に来て、言った。
「トム君は、ADHDではないか?」と…。

トムは、3歳を過ぎても喋らなかった。
1歳半、3歳時の『健診』という名のつくものには、すべて引っかかっていた。
こども相談センターへも通っていたし、
年に2回ほど、はまぐみ小児療育センターへも通っていた。
しかし、その頃は、何の診断名もついていなかった。
けれど、毎日のように繰り返される友達とのトラブル。
何かがおかしいとは感じていた。

えーでぃえっちでぃー?何それ?
長男の障害を最初に言い当てたのが、ケビン先生だったのだ。
なんとこの先生、自ら障害児の事を勉強していて、全国的な研究会にも入っている、
世にも珍しい先生だったのだ。

この出会いを運命と言わずに何と言おうか!?

案の定、その後、はまぐみでADHDと言われ、
また1年程経つと、アスペルガー障害と言われ、
またまた1年程経つと、非定型自閉症と診断名が変化して行った。

最初の診断の時は、頭を鈍器で殴られた衝撃と
胸を鋭利な刃物で刺された衝撃が
ダブルで来た感じ。
冬のはまぐみの帰りの海岸道路、このまま車ごと海へ…
と、何度思ったことだろう…。
が、今も何とか生きている。女優は打たれ強いのだ。

自閉ちゃんの親歴はとても短い私にとって、
まだまだ良く解らない世界なのだから、
他の人にとって、トムは本当に普通に見えることだろう。

今年の2月、私はインフルエンザで倒れた。
その時、トムに掃除機をかけるように頼んだ時のことだった。
見事に部屋の四隅の埃だけが残っていた。
ある一箇所を指さして
「こういう所にゴミが残っているから、もう一度かけて」と、お願いすると
なんとトムは、指さしした箇所だけをかけ直したのだ!

その時、私の心の奥の何かがストンと音を立てて落ちた。
「これだ!これだったんだ!」

普通の子はこういう場合、瞬時に四隅全部と判断出来るハズ。
うちのトムには無理なんだ…。
それからは、彼の困難なところが良く解るようになって来た。

時間割りが教室に貼ってあり、みんなはノートに写しているのに、
「先生が写せと言わなかった」と、平気な顔で言う。
トム 「先生が家でやってみなさい、ってプリントくれた」
私 「それは、宿題でしょ?」
トム 「先生は宿題って言わなかった」

以前の私なら、「なんで、皆と同じ事が出来ないの?」と、怒ったことだろう。

「英語がわからないから教えて」と、いうトムに、
「ごめんネ、ママ、フランス人だから英語、良く解らないんだよネ〜」と、言うと、
真顔で「うそっ!?」と、答えるところとか、
「トムが勉強しているなんて、明日雪が降るんじゃないの?」と、言うと
「本当?6月なのに雪降るの?」と、真面目に聞き返すところなど・・・。

トムには冗談も通じない。
最近の私は、「ハイハイ(また、そうなのね。)」
と、微笑んで見ていられるようになった。

大きな声では言えないが、トムは異食があり、紙を食べてしまう。
教科書・ノートはボロボロ。
しかも、これがきれいに三角に切ったり、
薄いビニールのコーティングを、きれいに剥がしてくれる。
こんな几帳面さからも自閉ちゃんが見え隠れする。
以前は、「紙は食べるものじゃない」と、厳しく注意したが、
一向に良くならなかった。
しかし、「学校で使うものは止めよう。家のマンガだったらいいよ」
と、言った途端、教科書・ノートは完全な形のまま現在に至っている。
家のマンガもほとんど減っていない。
面白いなァー、と思う。
何が常識なのか、時々わからなくなるけれど、
自閉ちゃんとの共存はこんな感じかなぁ、と思い始めている。

今までいろいろな人に迷惑をかけて、
その度に菓子折りを持って、何度謝りに行っただろう。
障害の事を話しても、理解してもらえなかった人もいた。
今の学校に転校する時も、なかなか学校が決まらず
”渡る世間は鬼ばかり”に思えた。

どれだけ泣いたかわからない(演技ではなく)。
けれど、親の会の人たちに出会えて変わった。
切ない時には、誰かが必ずメールをくれた。
時には厳しく、そして優しく励ましてくれた。

今の中学の先生方も障害の特性を理解して下さり、
とても良く彼のことを見守ってくれ、
周りの生徒たちとの関係に一生懸命奔走してくれている。
周りの子どもたちからの理解は、まだまだ時間がかかりそうで、
「(一部の子から)いじめられる」と、トムは保健室に逃げ込んでいるが…。
一歩ずつだと思っている。
「世の中、そんなに悪くない」と、思える私が、今ここにいる。

今月は、私の”誕生日強化月間”である。
母の日をすっかり忘れていた我が家の男チーム3人をこき使っている。
沢山パワーを蓄えて前進するのみである。
ウーピー様に「マネージャー役に徹しろ」と、言われているが、
脇役や黒子や、まして縁の下なんて嫌。

気にせずに、大女優への険しい道を歩んで行こうと思っている。